wed20230215’s diary

旦那くんが急性大動脈解離を発症しました。

あの悪夢から一ヶ月、思うこと。

今日は夫が倒れてから ちょうど一ヶ月目です。

正直、もうって気もするし まだって気もします。

 

一ヶ月前の私は、ひたすらに待合室で自分を呪い 後悔していました。

 

タバコをやめさせていれば。

薬をきちんと飲ませていれば。

血圧を毎日計らせておけば。

病院にきちんと通わせておけば。

iPhoneに救急車をすぐ呼べる設定をしておけば。

単身赴任なんてやめて、一緒に暮らしていれば。

冷凍でも良いから まともな食事を作り置きしておけば。

電話が来たとき運転していなければ。

隣近所と ちゃんと付き合っていれば。

私がまともに運転できれば。

最初からタクシーで向かっていれば。

そもそも仕事を別にしなければ。

離れて暮らさなければ。

 

考えても仕方のない『たられば』が、次々と頭をもたげ、視界が歪むほどに後悔しました。

 

私と夫は、結婚して17年。

そのうち8年は同じ職場で同じ部署、直属の上司部下の関係で、誇張なしに ほぼ24時間一緒にいました。

それなのに、私が新しい仕事の都合で離れて暮らすようになり3ヶ月。

たった3ヶ月で、この悪夢に見舞われました。

ずっと一緒にいた期間の方が明らかに長いのに、なぜ離れた途端にこんなことに?私は運命を呪いました。

 

離れて暮らすことになったとき、約束事を決めました。

それは、毎日「おはよう」と「ただいま」のラインをすること。

「おやすみ」じゃなくて「ただいま」なのは、二人してYouTube見ながら寝オチするのが日常だから。

これが若いカップルだったら ラブラブだね で終わるのですが、私たちの場合は まさに【生存確認】でした。

夫は高血圧持ちで通院していたので(まぁまともに通ってませんでしたが)、ある日突然...なんてことも十分に考えられたからです。

 

だけど、結果からして意味のないことでした。

だって、夫は「おはよう」ラインを私に送ってきた30分後に倒れたのですから。

 

急性大動脈解離は、本当に突然襲われます。

まさに時限爆弾です。

そして、一度発症してしまえば時間の猶予などありません。

半日連絡が取れなければ確認...ではもう遅いのです。

そして、それは急性大動脈解離だけではありません。

そんな病気、当たり前にゴロゴロしています。

特に高血圧持ちの方は。

 

夫の場合は、本当の本当に奇跡だと思っています。

発症してから手術まで実に六時間。

同意書を書くために説明してくれた先生にも、「とにかく生きてここに辿り着いたこと自体が奇跡」「今こうして説明している間にも、どうなるか分からない」「とにかく覚悟だけはしておいて」...というような意味のことを言われました。

 

覚悟なんて、夫が病院通いをするようになった時点で決まっていたつもりでした。

タバコもやめない、暴飲暴食もやめない、薬はきちんと飲まない、病院にもまともに通わない。

だけど それは全て自己責任。

いい大人だし、うちには子どももいないのだから、本人の好きにさせよう。

それで何かあっても、本人の選んだ結果なのだから。

こんな生活して、長く生きられるわけない。

だからせめて、私は覚悟を決めておかなければ。

そう思っていたんです。

 

だけど、覚悟なんて出来るわけがないのです。

大体の人は、覚悟なんて出来ないまま大切な人を失うのだと思います。

少なくとも私は、覚悟したつもりで どこか「まぁそんなすぐにそんなことにならないでしょ」とたかを括っていました。

現実を突きつけらて初めてそのことに気付きました。

 

現実は無情です。

なんとなく漠然と いつまでも今が続くと思っている気持ちを、ある日突然打ち砕いてきます。

それが私にとっては2023年2月15日 水曜日、一ヶ月前の今日でした。

 

幸いなことに私は、これまで親しい身内の病気や不幸に縁のない人生でした。

40年以上生きてきて、身内の入院なんて母親の弟出産時くらいしか経験が無かったのです。

だからこそ、私は現実を受け止めきれませんでした。

夫の手術が終わり、義実家の方々が それぞれ現実的に動こうとしているのに、私は殻にこもりました。来る日も来る日も、ホテルのベッドでシーツにくるまって着信音に怯えていました。

(そんな私を そっとしておいてくれた義実家の方々、私は本当に恵まれていると思います。)

元々 現実逃避の手段として寝逃げが常習化していた私です。

食事もまともに摂らず、風呂にも入らず、ただひたすら無理やり眠っていました。

そんなことしても、現実は何も変わらないのに。

 

だけど、突然気付いたんです。

夫が今まさに戦っているのに、私が逃げていてはいけないと。

 

戦わなきゃ、現実と。

って、何のCMのコピーだったかな。

あのキャッチコピー考えた人、すごいなあと思います。

まさに今、そうなんです。

 

結局、現実なんです。

現実を生きなきゃいけないんです。

 

現実と向き合って、戦い生き抜きます。

夫のためにも。自分のためにも。

迎えることのできた今日に感謝して。

明日を迎えられることを祈って。

3月1日の日記。

今日は 母が実家へ帰りました。

旦那くんが搬送された あの日。

集まった身内は私を含めて皆県外。

が、旦那くんは 手術は無事終わったものの まだまだ予断を許さない状態。

なので、ICUから出るまでは私は病院そばのホテルに滞在...となったのですが、完全に気が動転している私を見兼ねて 母が一緒に居てくれたのです。

父も、私一人残したところで真っ当な判断が出来ないだろうと踏んだようで。

けれども さすがに いつまでも居てもらうわけにもいかず、2週間目の今日を区切りに私一人になったわけです。

この2週間にも まあ色々あったわけですが、でも もう一人でも大丈夫、十分 持ち直した...と思ってました。が。

一人になった途端に襲い来る不安感...良い歳して恥ずかしい話ですけれど。

 

母親と最後の朝食を摂り。

ホテルまで朝早くに県外から迎えに来てくれた父親と、母親を見送り。

今日からツインで無くシングルになるので一旦チェックアウト、チェックインの時間まで近場のネットカフェで待機することに。

 

今日は深夜2時頃に眼が覚めてしまい、そのまま起きていたので読書もそこそこに眠気が...。

うとうとして もう落ちかける寸前、病院から電話が!!!

看護士の方から、先生より説明があるので午後から病院に来てほしいと。

おそらく、人工呼吸器を外せるか否か...のお話だと後から思ったのですが、本当に、病院からの電話は心臓に悪いです。

良い報せだった試しが無いので。

結局 目がバチっと覚めてしまい、寝られず。

少しでも気を紛らわそうと、YouTubeで手話の勉強をしてました。

しかも、約束の時間が迫ってきたので そろそろ出ようかとしたところで、また電話があり 先生に緊急手術が入ったとのことで説明は明日へ後ろ倒しに。

これは致し方のないことですが、この不安な気持ちを明日まで持ち越さなければならないなんて...。

結局もやもやしたままチェックイン。

今回は8日分まとめて支払ったので、一気に大金が吹っ飛んで更に鬱々...。

いや、一日ずつ精算したところで金額は変わらないんですけど。気持ちの問題です笑

 

明日は自宅へ帰ろうと思っていたのですが、説明が明日になってしまったので また待機です。

 

現在時刻20:45前。

ちょっと...いや だいぶ早いですが、もう休みます。全然眠くないですけど。

 

明日も一日、がんばろう。

おやすみなさい。